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オカダアツシ・ワールド~私と空間・デザイン~(持論)

最初に今回は、工事の進捗や作業風景などではなく、少し硬く難しい話をさせて頂こうと思っていますので興味のない方や、時間の無い方はココで閉じて他のページへお願いします。 『突然なぜ?どうした?』と仰る声が聞こえてきそうです。 それは最近、色々な方とお話しをさせて頂く機会が多く、色々な意見を頂きました。 その中で、多くの同業の経営者の方々とお話をさせて頂く機会をいただき 『もったいない』と言われることが多くなりました。 なにが『もったいない』のか? それは、同業の方々がおっしゃるには、『私が持っているデザインやモノ創りに対する考え方をお客様に伝えられていないこと』だそうです。 ご来店頂いたお客様には色々とお話をさせていただきますが、お会いできない方にはお伝えできません。 それは私にとっては別に『悪いこと』ではないのです。 『一期一会』。 偶然か必然かは別として、私はお会いした方にはできるだけ全力でぶつかって行きます。 思いや経験、考え方もお伝えし、時には建築やデザインとはかけ離れたお話もさせて頂きます。 その結果でいいものが出来ているということは間違いないと思っています。 大学や専門学校で、アートやデザインを学んできた私。 大手の建売メーカーで約400棟くらい合理化を目指しお客様を観ずに建物を建ててきた私。 全くべつの人格を体の中に飼っています。『だからこそできること』をお客様にご提供できればと思っています。 それをもう少し多くの方に広め少しでも『共感』や『興味』を持って頂ければお互いにもっといい『空間』を創ることができるのではとおもい、この場を借りてお伝えできればとやってみることにしました。 ここからは『持論』なので時間の無い方や、興味のない方はすぐに閉じて他のページに移って頂いて結構です。   『オカダアツシ・ワールド』へようこそ。   デザインというと、大抵の方は『カッコいい』とか『オシャレ』とかいった言葉が出てくると思います。 美術大学・デザイン専門学校でアートやデザインについて学んだ私は少し考え方が違います。 人の感覚はそれぞれです。赤色が好きな人もいれば青色が好きな人もいます。シャープな形が好きな人もいれば、柔らかい形に魅力を感じる人もいます。 空間や建築でいうと『和風』が好きな人もいれば『南欧風』を選ぶ人もいます。 これは大切なことだと思いますが、私が思う『デザイン』とは少し違います。 前述の『カッコいい』や『オシャレ』などといったモノはどちらかと言えば狭義でのデザイン、『意匠=フォルム』だと思っています。 『和風』か『南欧風』どちらが好きですか?はあっても、どちらが優れていますか?はないと思います。 私はデザインとは係るすべてのことを考え、より優れたものを具現化するものだと考えています。 デザインをすると『無駄な空間が生まれ、収納が減る』などと言われたこともあります。 これは、その方にとってその空間に『価値』が存在しないからです。 例えば建物全体の大きさ(床面積)は決まっていて通路幅を決めるとします。 一般的な木造住宅の場合、通路幅は大体75~78㎝だと思います。ふつうの方にとっては全く問題なく通行できる寸法です。 通路で食事をしたり、就寝したりする方はかなり少ないと思いますので、できるだけ通路面積を減らして、リビングや寝室に回したいと考えるのが一般的です。 しかし、車いすの生活をされている方にとっては、この通路では不便を感じることがあります。   幅の広い廊下と狭い廊下、どちらが優れているでしょうか?   それは使用する人の『用』によって変化するモノです。これが『用の美=デザイン』だと私は考えています。 デザインをする上で大切なのはこの『用の美』ではないでしょうか? この『用の美』の上に『意匠』あると思います。 建築でいえば、構造上大切な躯体は『用の美』でその上の外壁、クロスなどが『意匠』といっても過言ではないと考えます。 専門学校の課題で『住宅をデザインしなさい』みたいな課題が有りましたが、いつもナンセンスだと思っていました。 『誰の為のデザイン?』 そこを使う人々の設定がない限り『用の美=デザイン』になることはなく、見た目だけの『意匠』で優劣を語ることに常々疑問を感じていました。 『意匠』は人の好き好きです。野球がすきな人もいれば、サッカーがすきな人もいます。そこに『良い悪い』『優劣』はないのです。 しかし、土俵の上で闘う力士には『強弱』『優劣』があるのです。 デザインは『土俵』。デザイナーは『力士』。 より多くのことを考え、クライアントの思いを形にすることは、『土俵の上で闘う力士』『球場で闘う野球選手』と同じです。 だから本当のデザインには経済的価値もあるのです。 『意匠=デザイン』と考えてるうちは価値はないモノと私自身が思っています。   前述のことより、いろいろなところで反感を買うことを承知で言いますと 『南欧風・デザイン住宅』などと謳っている会社はちょっと違うのでは?と思っています。 南欧風を選ぶのはお客様です。それは工務店を生業としている業者さんであれば基本的には技術的な問題であってほとんどが可能だと思います。 本当の意味でのデザインは作り手が『考えなければいけない事』であるにも関わらず、あまり意識すらされていないのが現実です。   更にいうと、使いやすければ100点で使い難ければ0点でしょうか? 何も考えずに使いにく空間を創ってしまった場合は限りなく0点に近いと思います。 しかし、使いにくいが『豊かな空間』がそこにあり、そこにいると落ち着くとか心豊かにしてくれるとかいった感覚を与えてくれる『空間』であれば、ひょっとすると使い人にとっては120点かもしれません。 学生時代、何回かヨーロッパに行きました。 当時は、美術大学生の私。ピカソやダリ、ミケランジェロなど本物の絵画や彫刻に触れ感動しました。 美術大学では『陶芸』を専攻していた私は、ドイツの『マイセン窯』の工房にも伺い職人さんたちの手仕事にも目を奪われました。 しかし、当時の記念に撮った写真を見返すと映っているのは、街並みや、建物が多いことに自分自身が驚きました。 それは、空間の持つ力に惹かれたのです。 合理的だけではく、写真に収めたくなるような『豊かな空間』がそこにあったからなのです。   日本人の気質というモノのせいか、どうしても『合理的』にモノを考えようとするのではないでしょうか? 広くない国土の中、ほとんど山林の我が国。 住める場所も限られ、その場所をシェアしながら建てられる家の大きさも限られその中で生活する。 環境が人を『合理的』にしている部分もあると思います。また質素を美学とする、美意識も『合理的』と繋がっていると考えます。   派手で、贅沢でなくとも『豊かな空間』は存在します。 クライアントの方の熱い思いがあれば、工夫ひとつで予算が掛からずに良い空間を創ることもできる可能性もあります。   私はそれを、建築される方と一緒に考え悩み創って行きたいと思っております。

因みに今回の写真の撮影場所は羽村市にある『樹樹』さんです。

これほど私の思いに近い『空間デザイン』は滅多にないと思っています。

悩んだときは訪れて癒されています。